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3.医学上の死

病気、老衰(寿命)等で肉体の活動が停止する前にいわゆる「無意識状態」になる。これは魂が肉体を使えない状態であって、実は意識はある(失神したときは無意識である。失神したままの死は、死ぬ前に意識だけは回復する)。しかし、肉体の活動停止(脳死、心臓停止)はまだ本当の死ではない。

三途の川(さんずのかわ)
三途の川は実在しない。神が人間に死を自覚させるために見せる夢である。全人類が、いかなる急死をしても見る。三途の川を見ても渡り切っていなければまだ生きている状態。つまり「無意識状態」の時に見ているのである。

その夢は、桟橋を通り、つないである小舟に乗る。1そうの船に1人が乗り、船頭がこいでくれる。川の幅は約100メートルで、向かって左に緩やかに流れている。向こう岸は花が咲いていて美しいので、躊躇せずに舟を降りる気になる(だからといって、死後の世界は美しいということではない)。

向こう岸に降りると、それまでの美しい景色は一切消え、夢から覚めると4次元にいる(肉体の活動停止)。すると自分の肉体が死んだ状態になっているのに気付く。肉体の上約60センチメートルのところに肉体とそっくりの自分の幽体があり、三途の川を渡ったことも考え、自分の死を自覚する。まだ幽体と肉体(遺体)とは霊線と呼ばれるものでつながっている。自分からは現界のありさまが見え、音も聞こえるが、現界の相手には自分の姿も見えないし声も伝わらない。

また、5人いた背後霊はここで1人になる。

死後の幽体
死後の幽体は、死の直前の肉体と同じ状態が続く。すなわち、ケガ、病気の状態で死ぬと、そのまま幽体のケガ、病気となる。だから、安らかな自然死が大切である。生前の罪を反省し悟れば苦しみは消えるが、幽体の欠損、欠陥は回復しない。また、幽体は成長、老化しない。つまり、幽体は死の直前の風姿風貌でいる。

また、幽体と肉体(遺体)とが霊線でつながっている間(長くて約1週間。ただし土葬により埋葬されたとき、または火葬により遺体が焼かれる直前に霊線は切れる)に遺体に傷をつけると、幽体にも傷がつく。だから、この間に遺体を解剖したり眼や臓器等を提供することは決してしてはならない。幽体は幽界にいる間使う体である。その体に傷がついたり欠損等すれば幽界で苦しむ。幽体は回復したり成長はしない。例えばアイバンクで眼を取られた人は、幽界にいる間ずっと盲目である。

そもそも、現界で他人から体の一部をもらわなければならないケガ、病気をすることは、前生(ぜんせい。前回の人生)で本人が何らかの大罪を犯しているからであり、神罰を受けて一生を不自由な状態で過ごすことにより、罪のミソギをするのである。それに、自分が罪を犯した相手の怨霊による霊障も加わる。

戒名(かいみょう)
戒名は幽界で使う名前である。現界の名前は通用しないので、現界での執着を取るためにも、現界の名前と違う名前をつけなければならない(これは外国でも同様)。戒名は現界に生きていたときの本名でなければ何でもよい。俗に言う戒名の善し悪しというものはない。子や遺族がつけてもよいし、生前に自分でつけておいてもよいのである。また、戒名は最初につけたものでなければ通用しないので、後から戒名を変えてはならない。

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